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BNPL(後払い)サービス事業者の貸金規制最前線

「BNPL(後払い)」サービスが、私たちの買い物の形を大きく変えようとしています。

特にECサイトを運営する事業者様や、新たな決済手段を検討する中小企業の経営者様にとって、この手軽なサービスは顧客獲得の大きなチャンスに見えるかもしれません。

しかし、その手軽さの裏側には、法的な落とし穴が潜んでいることをご存知でしょうか。

「うちのサービスは『貸金』にあたるのだろうか?」
「どこからが法律違反になるのか、境界線がよくわからない」

そんな不安や疑問の声が、私の元にも数多く寄せられています。

こんにちは。
金融機関で10年以上、契約法務に携わってきました法務ライターの三浦結衣と申します。

この記事では、金融の現場を知る私の視点から、BNPLサービス事業者が直面する貸金業法などの法的論点について、どこよりもやさしく、そして実践的に解説していきます。

この記事を読めば、あなたの事業が抱える法務リスクを明確に理解し、安心してサービスを運営するための具体的な一歩を踏み出せるようになります。

さあ、一緒に「知らなかった」では済まされない法務の世界を学んでいきましょう。

BNPLサービスの仕組みと広がり

BNPLの基本構造と参加プレイヤー

まず、BNPLがどのような仕組みで動いているのか、簡単におさらいしましょう。

BNPLは「Buy Now, Pay Later(今買って、後で払う)」の略です。
その名の通り、消費者が商品やサービスを先に受け取り、代金は後から支払う決済サービスを指します。

この取引には、主に3者のプレイヤーが登場します。

  • 1. 消費者(利用者):商品を購入し、後払いをする人
  • 2. 加盟店(ECサイトなど):商品やサービスを販売する事業者
  • 3. BNPL事業者:加盟店に代金を立て替え、後から消費者に請求する会社

基本的なお金の流れは、以下のようになっています。

  1. 消費者が加盟店でBNPL決済を選択して商品を購入します。
  2. BNPL事業者が、加盟店へ商品代金を立て替えて支払います。
  3. 後日、消費者はBNPL事業者へ商品代金を支払います。

この仕組みにより、消費者はクレジットカードがなくても後払いができ、加盟店は代金未回収のリスクなく商品を販売できるのです。

EC市場や中小企業での利用拡大の背景

なぜ今、これほどまでにBNPLが注目されているのでしょうか。

その背景には、消費者のニーズと事業者のメリットがうまく合致した点があります。

  • 消費者側のメリット
    • クレジットカードのような厳しい審査が不要
    • メールアドレスと電話番号だけで手軽に利用開始できる
    • 分割手数料が原則無料のサービスが多い
  • 事業者(加盟店)側のメリット
    • クレジットカードを持たない若年層などを新規顧客として獲得できる(カゴ落ち防止)
    • 購入のハードルが下がり、購入単価の上昇が期待できる
    • 代金はBNPL事業者が保証するため、未回収リスクがない

特にEC市場の拡大と相まって、この手軽さが若者を中心に受け入れられ、市場は急成長を遂げているのです。

貸金業との違いと“グレーゾーン”の誤解

「後払いって、結局は『つけ払い』でしょう?それって貸金業じゃないの?」

これは非常によくある質問であり、BNPLの法的論点を理解する上で最も重要なポイントです。

結論から言うと、現在の多くのBNPLサービスは「貸金業」に該当しないスキームで設計されています。
その理由は、支払期間を「2ヶ月以内」に設定しているからです。

日本の法律(割賦販売法)では、2ヶ月を超える後払いは規制の対象となりますが、2ヶ月以内であれば対象外となる「短期信用」と整理されているのです。

しかし、ここに「グレーゾーン」と呼ばれる誤解が生まれます。
「2ヶ月以内なら何をしても大丈夫」というわけでは決してありません。

サービスの実態が、商品の売買ではなく、実質的なお金の貸し借り(資金融通)だと判断されれば、たとえ期間が2ヶ月以内でも貸金業法の規制対象となる可能性があります。

実際の金融法務の現場では、形式上の契約書だけでなく、その取引の実態がどうであったかが厳しく問われます。
この「実態としてどう見られるか」という視点が、事業者様には不可欠なのです。

規制の視点:貸金業法と資金決済法の狭間で

貸金業法が適用される条件とは?

では、具体的にどのような場合にBNPLサービスが「貸金業」とみなされるのでしょうか。

貸金業法では、「貸金業」を「金銭の貸付け又は金銭の貸借の媒介を業として行うこと」と定義しています。
BNPLサービスがこれに該当するかどうかは、個別の契約内容やサービスの実態に即して判断されます。

金融庁も、個別の実態によっては貸金業に該当しうるとの見解を示しており、特に以下の点には注意が必要です。

  • 現金化を目的とした利用を容認していないか
    • 利用者が商品を転売して現金を得る「後払い現金化」を黙認・助長するようなサービスは、実質的な金銭の貸付けとみなされるリスクが極めて高いです。
  • 手数料の性質
    • 遅延損害金ではなく、利息とみなされるような不明瞭な手数料を徴収していないか。
  • サービスの勧誘方法
    • 「お金に困ったら」「すぐにお金が手に入る」といった、借入れを煽るような広告表現をしていないか。

これらの要素が一つでも当てはまると、当局から「実質的な貸金業ではないか」という厳しい視線を向けられることになります。

「債権譲渡型」BNPLにおける注意点

BNPLの主な仕組みには「立替払型」と「債権譲渡型」があります。

特に「債権譲渡型」は、加盟店が持つ利用者への代金請求権(売掛債権)をBNPL事業者が買い取る(ファクタリングする)モデルです。
このモデル自体は適法ですが、法務上、いくつか特有の注意点があります。

私が金融機関で契約書を見ていた際も、この「債権譲渡」のスキームは特に慎重にチェックするポイントでした。

  • 対抗要件の具備は万全か
    • 債権を譲り受けたことを、利用者(債務者)や第三者に主張するための法的な手続き(確定日付ある証書による通知・承諾など)が適切に行われているか。これが不備だと、債権回収ができないリスクがあります。
  • 債権の存在確認はできているか
    • 架空の売買に基づく債権ではないか、加盟店審査の段階で厳しくチェックする必要があります。
  • 利用者への説明は十分か
    • 利用者は、自分が誰に対して支払い義務を負っているのか(加盟店?BNPL事業者?)を明確に理解しているか。説明が不十分だと、後のトラブルに発展しやすくなります。

「契約書を交わしたから大丈夫」ではなく、その契約が法的に有効に機能するための手続きが正しく行われているかが重要なのです。

資金決済法との関係とサービス設計上のチェックポイント

BNPL事業者が注意すべき法律は、貸金業法だけではありません。
「資金決済法」も密接に関わってきます。

例えば、以下のような機能を持つサービスは、資金決済法の規制対象となる可能性があります。

サービス機能の例該当する可能性のある規制登録・届出
利用者が事前にポイント等をチャージして支払う前払式支払手段発行者必要
利用者間で送金しあえる機能がある資金移動業必要
複数の決済手段をまとめて提供する決済代行業状況による

自社のサービスがどの法的枠組みに当てはまるのかを正確に把握し、必要であれば財務局への登録や届出を怠らないようにしなければなりません。
サービス設計の初期段階で、専門家を交えてこの点を整理しておくことが、将来の大きなリスクを避ける鍵となります。

監督官庁の動向と実務上の対応

金融庁・消費者庁の最新見解とガイドライン

BNPL市場の急拡大を受け、金融庁や消費者庁は利用者保護の観点から監視を強めています。

特に問題視されているのが、悪質な加盟店による消費者トラブルにBNPLが悪用されるケースです。
例えば、「初回お試し500円」と見せかけて、実際は高額な定期購入契約を結ばせるような手口です。

こうしたトラブルが急増したことで、監督官庁はBNPL事業者に対し、より厳格な対応を求めるようになりました。

監督官庁からの主な要請

  • 加盟店審査の厳格化
  • 悪質加盟店の早期発見と契約解除
  • 利用者への契約内容(特に支払総額)の明確な表示
  • 利用者からの相談・苦情に迅速に対応する体制の整備

これらの要請は、単なる「お願い」ではありません。
対応が不十分な場合、行政指導や、ひいては事業停止命令につながる可能性もゼロではないのです。

登録や届出が必要なケースとは?

前述の通り、サービス内容によっては、貸金業や資金決済法に基づく登録・届出が必須となります。

貸金業登録が必要になるケース

  • 分割払いの期間が2ヶ月を超える場合
  • サービスの実態が「金銭の貸付け」と判断される場合(例:現金化の横行)

資金決済法上の届出・登録が必要になるケース

  • 前払式支払手段(事前にチャージするタイプ)を発行する場合
  • 為替取引(送金など)にあたるサービスを行う場合

「うちは大丈夫だろう」という自己判断は非常に危険です。
必ず、金融法務に詳しい弁護士や行政書士に相談し、自社のサービススキームが法的に問題ないかを確認してください。
この初期投資を惜しむと、後で何倍もの代償を払うことになりかねません。

法務対応の実務例:契約条項、説明義務、利用者保護

では、具体的にどのような法務対応が必要になるのでしょうか。
私が実務で重視していたポイントをいくつかご紹介します。

  1. 契約条項の見直し
    • 加盟店契約書: 悪質行為が発覚した場合に即時契約解除できる条項、利用者から苦情があった場合の協力義務などを明記します。
    • 利用規約: 遅延損害金の利率は法定内か、支払総額や支払回数が明確にわかるか、トラブル時の連絡先は明記されているかなどをチェックします。
  2. 説明義務の徹底
    • 申込画面で、利用者が支払総額や契約期間を一目で理解できるようにUI/UXを設計します。小さな文字で分かりにくく表示するのは絶対にNGです。
    • 「これは貸金契約ではありません」と明記するだけでなく、なぜそう言えるのか(例:2ヶ月以内の支払いであること)を簡潔に説明することも有効です。
  3. 利用者保護体制の構築
    • 苦情相談窓口を設置し、その連絡先をウェブサイトの分かりやすい場所に掲載します。
    • 定期的に社内で研修を行い、消費者契約法や特定商取引法など、関連する法律の知識をスタッフ全員が共有する体制を作ります。

地味な作業に見えるかもしれませんが、こうした一つひとつの積み重ねが、サービスの信頼性を築き、会社を法務リスクから守る防波堤となるのです。

ケースで学ぶ:BNPLサービスが直面した法的トラブル

理論だけでなく、実際に起きたトラブル事例から学ぶことは非常に重要です。
ここでは、BNPLサービスに関連して実際に起こった、あるいは起こりうる法的トラブルのケースを見ていきましょう。

ケース1:貸金業登録なしでサービス提供、行政処分に

いわゆる「後払い現金化」業者が、貸金業登録をしないまま営業していたとして、警察に摘発される事例が相次いでいます。

彼らは「商品の売買を装っているだけ」と主張しますが、裁判所は、その経済的な実態が金銭の貸付けであり、年率換算で数千%にものぼる高金利を得ていたと判断。
これは典型的な「ヤミ金融」であり、出資法違反にも問われる重い犯罪です。

BNPL事業者は、自社のサービスがこのような違法行為の温床とならないよう、利用者の動向を常に監視する必要があります。

ケース2:債権譲渡スキームの不備によるトラブル

あるBNPL事業者が、加盟店から債権を譲り受けたものの、利用者への「債権譲渡通知」を怠っていました。

その後、加盟店が倒産。
利用者は、自分がBNPL事業者に支払うべきか、それとも倒産した加盟店の管財人に支払うべきか分からず、支払いを拒否。
結果として、BNPL事業者は多額の債権を回収できなくなるという事態に陥りました。

これは、債権譲渡における「対抗要件」という基本的な法務手続きを軽視したために起きたトラブルです。

ケース3:加盟店との契約設計ミスで返金不能問題に発展

悪質な健康食品サイトが「お試し」と称してBNPL決済で利用者を勧誘。
しかし実際には高額な定期購入契約であり、解約を申し出ても「BNPL事業者に言ってくれ」の一点張り。
一方、BNPL事業者は「我々は決済を代行しただけ。返金は加盟店に」と主張し、利用者はたらい回しにされてしまいました。

この問題の根源は、BNPL事業者と加盟店との間の契約で、トラブル発生時の責任の所在や返金手続きのフローが明確に定められていなかったことにあります。
加盟店管理の甘さが、結果的に自社の評判を大きく損なうことにつながったのです。

今後の展望と実務者へのアドバイス

グレーからクリアへ:規制の方向性を読む

BNPLを取り巻く法規制は、今後間違いなく強化される方向へ進むでしょう。
現在は「グレーゾーン」とされている部分も、新たな法律やガイドラインによって、より明確なルールが定められるはずです。

海外ではすでに、BNPLをクレジットカードと同様の金融サービスと位置づけ、規制下に置く動きが加速しています。
日本もその流れに追随する可能性は高いと言えます。

事業者は、常に監督官庁の動向を注視し、「いつ規制が強化されても対応できる」体制を今のうちから整えておくことが賢明です。

実務者が今すぐ確認すべきチェックリスト

この記事を読んでくださったあなたが、今すぐ自社の状況を確認できるよう、簡単なチェックリストを用意しました。
ぜひ、チームで確認してみてください。

  • □ サービスの法的整理
    • 自社のサービスは「貸金業」「割賦販売法」「資金決済法」のどれに該当し、あるいは該当しないか、弁護士に確認済みか?
  • □ 利用規約・契約書
    • 利用者や加盟店との契約書に、トラブル時の責任分界点が明確に記されているか?
    • 遅延損害金などの料率は、法律の上限を超えていないか?
  • □ 加盟店管理体制
    • 新規加盟店の審査基準は明確か?(登記情報、事業内容、サイト表示などをチェックしているか)
    • 定期的に加盟店のモニタリングを行い、不審な取引がないか確認する仕組みがあるか?
  • □ 利用者保護
    • 申込画面は、誰が見ても誤解なく支払総額を理解できるデザインになっているか?
    • 苦情相談窓口は機能しており、その連絡先は分かりやすく表示されているか?

もし一つでも「いいえ」や「不確か」な項目があれば、それはあなたの事業における重大なリスクサインです。

「知らなかった」では済まされない、法務の備え方

金融の世界では、「知らなかった」という言い訳は一切通用しません。
ひとたび行政処分を受ければ、金銭的な損失だけでなく、築き上げてきた会社の信用も一瞬で失います。

法務対応は、コストではなく「投資」です。
サービスが成長すればするほど、その重要性は増していきます。

どうか、サービスの企画やマーケティングと同じくらい、法務体制の構築にも力を注いでください。
それが、あなたの事業を持続可能なものにするための、最も確実な道なのです。

まとめ

最後に、この記事の要点を振り返りましょう。

  • BNPLサービスは、支払期間を2ヶ月以内とすることで貸金業法の適用を免れているケースが多いが、サービスの実態によっては「貸金」とみなされるリスクがある。
  • 貸金業法だけでなく、資金決済法や消費者保護に関連する法律も深く関わるため、横断的な法的知識が不可欠である。
  • 監督官庁は加盟店管理のあり方を厳しく見ており、事業者には厳格な審査とモニタリング体制の構築が求められている。
  • 契約書の整備や利用者への分かりやすい説明といった地道な法務対応が、結果的にサービスの信頼性と持続性を高める。

法律と聞くと、難しくて堅苦しいイメージがあるかもしれません。
しかし、法務とは、あなたの事業を予期せぬトラブルから守り、お客様に安心してサービスを届けるための「土台」です。

知識は、あなたとあなたの会社にとって、何よりの「お守り」になります。
この記事が、あなたが法務への理解を深め、安心への第一歩を踏み出すきっかけとなれば、これほど嬉しいことはありません。

動産担保融資(ABL)契約の担保設定と優先順位の基本

「ABLって最近よく聞くけど、なんだか難しそう…」
「うちの会社の在庫も担保にできるって本当?」
「もし他の会社と権利がぶつかったら、どうなるんだろう?」

こんにちは。
金融機関で10年以上、法務を担当してきたライターの三浦です。

企業の資金調達、特にABL(動産担保融-資)の契約に携わる中で、多くの経営者様が同じような不安や疑問を抱えているのを見てきました。

この記事でお伝えしたいのは、たった一つのことです。
それは、ABLの「担保設定」と「優先順位」という2つのポイントさえ押さえれば、契約の不安は驚くほど軽くなる、ということです。

金融の現場で数々の契約を見てきた私の経験から、実務で本当に大切なこと、そして見落としがちな落とし穴まで、かみ砕いてお話ししますね。
この記事を読み終える頃には、自信を持ってABLの検討を進められるようになっているはずです。

ABLの仕組みと基本概念

ABLとは?~資金調達の新しい選択肢~

ABL(Asset Based Lending)とは、とっても簡単に言うと、会社が持っている「動産」や「売掛債権」を担保にして、金融機関からお金を借りる方法のことです。

不動産を担保にする融資が一般的ですが、オフィスが賃貸だったり、大きな土地を持っていなかったりする中小企業にとっては、ハードルが高いこともありますよね。

ABLは、そういった企業でも、事業で使っている在庫や機械、将来入ってくる売上といった「事業そのものの価値」を評価してもらえる、新しい資金調達の選択肢なんです。

担保対象となる「動産」とは何か

「動産」と聞くと少し難しく感じるかもしれませんが、要は「不動産以外のモノ」全般を指します。
ABLで担保にできる動産の代表例は、こんなものがあります。

  • 在庫(商品、製品、仕掛品、原材料など) 📦
  • 機械設備や車両 🚚
  • 農産物や家畜 🌽🐄

あなたの会社が日々扱っている、それらの資産がお金を生む力を持っている、ということです。

売掛債権との違いと使い分け

ABLでは、動産とセットで「売掛債権」も担保にすることがよくあります。
売掛債権とは、取引先に対して商品を販売し、「後で代金を受け取る権利」のことです。

この二つは、下のように少し性質が違います。

種類特徴
動産担保目に見える「モノ」そのもの在庫、機械
債権担保目に見えない「権利」売掛債権

どちらを、あるいは両方を担保にするかは、会社の事業内容や金融機関との相談によって決まります。

中小企業がABLを選ぶ理由

なぜ今、多くの中小企業がABLに注目しているのでしょうか。
その理由はシンプルです。

  • 不動産がなくても大きな資金調達が期待できる
  • 事業の将来性や成長性を評価してもらいやすい
  • 国(金融庁や経済産業省)も積極的に後押ししている

会社の隠れた資産に光を当ててくれる、それがABLの最大の魅力なんです。

担保設定の基本ステップ

ABLを利用するには、あなたの会社の資産を「担保」として正式に設定する必要があります。
ここが一番大切なプロセスなので、しっかり見ていきましょう。

どの資産を担保にできるのか

まずは、自社にどんな資産があるのかを洗い出すことから始まります。

倉庫にある在庫はどれくらいか、どんな機械が動いているか、将来入金予定の売掛金はいくらか…
これを正確に把握することが、融資の可能性を広げる第一歩です。

担保設定に必要な手続きの流れ

担保設定は、大まかに以下の流れで進みます。
怖がる必要はありません、一つずつこなしていけば大丈夫ですよ。

  1. 金融機関との合意
    どの資産を担保にするか、融資金額はいくらかなどを金融機関と話し合い、「担保権設定契約」を結びます。
  2. 法務局での「登記」
    契約した内容を、法務局で「動産譲渡登記」や「債権譲渡登記」という手続きを使って登録します。

登記の要否と注意点

ここで絶対に覚えておいてほしいのが、「登記」の重要性です。
金融機関と契約書を交わしただけでは、実はまだ不十分なんです。

登記とは?
「この在庫は、A銀行の担保に入っていますよ」ということを、国(法務局)の公式な記録に残して、誰に対しても公に証明できるようにする手続きのことです。

この登記をすることで、初めてあなたの会社と金融機関の権利が法的に守られます。
契約書だけでは、第三者には対抗できないのです。これは本当に重要なポイントです。

実務でよくある「見落とし」とは?

金融の現場で本当によくあったのが、「契約を結んだことで安心してしまい、登記手続きを後回しにしてしまう」というケースです。

「手続きが面倒で…」「費用もかかるし…」という気持ちも分かります。
ですが、この登記を怠ったばかりに、後で大変なトラブルに巻き込まれてしまうことがあるんです。

次の章で、その理由を詳しくお話ししますね。

担保の優先順位のしくみ

「もし、うちの会社が倒産してしまったら…」
「複数の会社から借り入れがある場合、担保にした資産はどうなるの?」

考えたくないことかもしれませんが、万が一の時に備えてルールを知っておくことは、経営者を守る上でとても大切です。

「優先順位」とは? なぜ重要なのか

もし、あなたの会社が倒産してしまった場合、会社の資産は債権者(お金を貸している金融機関など)に分配されることになります。

その時、「誰が一番最初に、担保にした資産から返済を受けられるか」という順番のことを「優先順位」と言います。
この順番が後になると、最悪の場合、貸したお金が全く返ってこない可能性もあるため、金融機関はこの優先順位を非常に重視します。

複数の担保権が競合する場合のルール

では、その大切な優先順位は何を基準に決まるのでしょうか。

答えは驚くほどシンプルです。
原則として、法務局へ「登記」をした日付が早い者勝ちで決まります。

たとえ契約日が早くても、登記をしたのが遅ければ、後から契約して先に登記を済ませた別の金融機関に優先順位で負けてしまうのです。

登記のタイミングで決まる順位

まさに、登記申請は「担保権のゴールテープを切るための号砲」のようなものです。

金融機関が「融資を実行しましょう」と決めたら、法務担当者は他の何をおいても登記の準備に走ります。
それくらい、登記のタイミングは命取りになりかねない、シビアな世界なんです。

実際の現場でよくあるトラブル事例

私が実際に経験したわけではありませんが、研修などでよく聞くトラブル事例があります。

A社は、B銀行から在庫を担保に融資を受け、契約を締結しました。
しかし、登記手続きが遅れている間に、別のC信用金庫からも同じ在庫を担保に融資を受け、C信金が先に登記を済ませてしまいました。
その後、残念ながらA社は経営難に。
B銀行は契約が先だったにもかかわらず、登記を先に済ませたC信金に優先順位で劣後し、融資金の回収が困難になってしまったのです。

笑い話のようですが、本当に起こりうること。
だからこそ、私たちは登記の重要性を口を酸っぱくして訴えているのです。

ケーススタディで学ぶABL契約

理屈だけではイメージしにくい部分を、具体的なケースで見ていきましょう。

倉庫在庫を担保にした中小企業の事例

あるアパレル企業D社は、季節商品の仕入れ資金に悩んでいました。
不動産担保はなかったものの、倉庫には常に豊富な在庫がありました。

メインバンクに相談したところ、この「在庫」を担保とするABLを提案され、無事に資金調達に成功。
これにより、絶好のタイミングで商品を仕入れることができ、売上を大きく伸ばすことができました。

登記漏れによるリスク顕在化のケース

一方で、こんな悲しいケースもあります。
機械部品を製造するE社は、懇意にしていた金融機関FとABL契約を結びました。

長年の付き合いから「契約書があれば大丈夫だろう」と考え、登記をしないままにしていました。
しかし、別の債権者がE社の機械を差し押さえる事態が発生。
F銀行は登記をしていなかったため、「この機械はうちの担保だ!」と主張できず、なすすべもなかったのです。

「つもり担保」に要注意! 実効性の落とし穴

このE社のようなケースを、私は「つもり担保」と呼んでいます。
契約しただけで、法的な対抗力を持たない、担保にした「つもり」になっているだけの状態です。

実効性のない担保は、いざという時、何の役にも立ちません。
契約と登記は、必ずセットで考えるようにしてください。

どんな対策が有効だったのか

E社がもし、契約後すぐに登記を済ませていれば、結果は全く違っていました。
たとえ他の債権者が差し押さえようとしても、「この機械は私たちが一番の権利者です」と堂々と主張し、大切な担保を守り抜くことができたはずです。

チェックリスト:ABL契約の安全対策

最後に、ABL契約を安全に進めるためのチェックリストをご用意しました。
契約前に、ぜひ確認してみてください。

担保資産の洗い出しと管理

  • [ ] 担保にできる資産(在庫、機械など)のリストはありますか?
  • [ ] 資産の価値を証明できる資料(在庫管理表など)は整備されていますか?
  • [ ] 融資後も、資産の状況を定期的に報告できる体制はありますか?

契約書で見落としがちな条項

  • [ ] 担保の対象となる資産の範囲は、明確に記載されていますか?
  • [ ] 禁止事項(担保を勝手に売却しない、など)の内容を理解していますか?
  • [ ] 報告義務(在庫リストの提出など)の頻度や方法は、現実的ですか?

担保権設定における確認ポイント

  • [ ] 金融機関は、契約後速やかに登記手続きを行ってくれますか?
  • [ ] 登記にかかる費用(登録免許税、司法書士報酬など)は確認しましたか?

登記後のフォロー体制の整備

  • [ ] 登記が完了したら、その証明書(登記事項概要証明書など)の写しをもらえますか?
  • [ ] 会社の住所や商号が変わった場合、登記内容の変更が必要なことを理解していますか?

まとめ

ここまで、ABL契約の「担保設定」と「優先順位」について、実務の視点からお話ししてきました。

最後に、大切なポイントをもう一度おさらいします。

  • ABLは、在庫や機械といった「動産」を担保にできる、中小企業の強い味方。
  • 担保設定は、「契約」と「登記」がセットで初めて完了する。
  • 優先順位は、原則として「登記をした日付の早い者勝ち」。

法律や契約と聞くと、身構えてしまうお気持ちは本当によく分かります。
ですが、正しい知識は、あなたの会社をリスクから守り、成長を後押しする最強の武器になります。

この記事が、あなたの契約に対する不安を少しでも取り除き、自信を持って次の一歩を踏み出すきっかけになれば、これほど嬉しいことはありません。