動産担保融資(ABL)契約の担保設定と優先順位の基本

「ABLって最近よく聞くけど、なんだか難しそう…」
「うちの会社の在庫も担保にできるって本当?」
「もし他の会社と権利がぶつかったら、どうなるんだろう?」

こんにちは。
金融機関で10年以上、法務を担当してきたライターの三浦です。

企業の資金調達、特にABL(動産担保融-資)の契約に携わる中で、多くの経営者様が同じような不安や疑問を抱えているのを見てきました。

この記事でお伝えしたいのは、たった一つのことです。
それは、ABLの「担保設定」と「優先順位」という2つのポイントさえ押さえれば、契約の不安は驚くほど軽くなる、ということです。

金融の現場で数々の契約を見てきた私の経験から、実務で本当に大切なこと、そして見落としがちな落とし穴まで、かみ砕いてお話ししますね。
この記事を読み終える頃には、自信を持ってABLの検討を進められるようになっているはずです。

ABLの仕組みと基本概念

ABLとは?~資金調達の新しい選択肢~

ABL(Asset Based Lending)とは、とっても簡単に言うと、会社が持っている「動産」や「売掛債権」を担保にして、金融機関からお金を借りる方法のことです。

不動産を担保にする融資が一般的ですが、オフィスが賃貸だったり、大きな土地を持っていなかったりする中小企業にとっては、ハードルが高いこともありますよね。

ABLは、そういった企業でも、事業で使っている在庫や機械、将来入ってくる売上といった「事業そのものの価値」を評価してもらえる、新しい資金調達の選択肢なんです。

担保対象となる「動産」とは何か

「動産」と聞くと少し難しく感じるかもしれませんが、要は「不動産以外のモノ」全般を指します。
ABLで担保にできる動産の代表例は、こんなものがあります。

  • 在庫(商品、製品、仕掛品、原材料など) 📦
  • 機械設備や車両 🚚
  • 農産物や家畜 🌽🐄

あなたの会社が日々扱っている、それらの資産がお金を生む力を持っている、ということです。

売掛債権との違いと使い分け

ABLでは、動産とセットで「売掛債権」も担保にすることがよくあります。
売掛債権とは、取引先に対して商品を販売し、「後で代金を受け取る権利」のことです。

この二つは、下のように少し性質が違います。

種類特徴
動産担保目に見える「モノ」そのもの在庫、機械
債権担保目に見えない「権利」売掛債権

どちらを、あるいは両方を担保にするかは、会社の事業内容や金融機関との相談によって決まります。

中小企業がABLを選ぶ理由

なぜ今、多くの中小企業がABLに注目しているのでしょうか。
その理由はシンプルです。

  • 不動産がなくても大きな資金調達が期待できる
  • 事業の将来性や成長性を評価してもらいやすい
  • 国(金融庁や経済産業省)も積極的に後押ししている

会社の隠れた資産に光を当ててくれる、それがABLの最大の魅力なんです。

担保設定の基本ステップ

ABLを利用するには、あなたの会社の資産を「担保」として正式に設定する必要があります。
ここが一番大切なプロセスなので、しっかり見ていきましょう。

どの資産を担保にできるのか

まずは、自社にどんな資産があるのかを洗い出すことから始まります。

倉庫にある在庫はどれくらいか、どんな機械が動いているか、将来入金予定の売掛金はいくらか…
これを正確に把握することが、融資の可能性を広げる第一歩です。

担保設定に必要な手続きの流れ

担保設定は、大まかに以下の流れで進みます。
怖がる必要はありません、一つずつこなしていけば大丈夫ですよ。

  1. 金融機関との合意
    どの資産を担保にするか、融資金額はいくらかなどを金融機関と話し合い、「担保権設定契約」を結びます。
  2. 法務局での「登記」
    契約した内容を、法務局で「動産譲渡登記」や「債権譲渡登記」という手続きを使って登録します。

登記の要否と注意点

ここで絶対に覚えておいてほしいのが、「登記」の重要性です。
金融機関と契約書を交わしただけでは、実はまだ不十分なんです。

登記とは?
「この在庫は、A銀行の担保に入っていますよ」ということを、国(法務局)の公式な記録に残して、誰に対しても公に証明できるようにする手続きのことです。

この登記をすることで、初めてあなたの会社と金融機関の権利が法的に守られます。
契約書だけでは、第三者には対抗できないのです。これは本当に重要なポイントです。

実務でよくある「見落とし」とは?

金融の現場で本当によくあったのが、「契約を結んだことで安心してしまい、登記手続きを後回しにしてしまう」というケースです。

「手続きが面倒で…」「費用もかかるし…」という気持ちも分かります。
ですが、この登記を怠ったばかりに、後で大変なトラブルに巻き込まれてしまうことがあるんです。

次の章で、その理由を詳しくお話ししますね。

担保の優先順位のしくみ

「もし、うちの会社が倒産してしまったら…」
「複数の会社から借り入れがある場合、担保にした資産はどうなるの?」

考えたくないことかもしれませんが、万が一の時に備えてルールを知っておくことは、経営者を守る上でとても大切です。

「優先順位」とは? なぜ重要なのか

もし、あなたの会社が倒産してしまった場合、会社の資産は債権者(お金を貸している金融機関など)に分配されることになります。

その時、「誰が一番最初に、担保にした資産から返済を受けられるか」という順番のことを「優先順位」と言います。
この順番が後になると、最悪の場合、貸したお金が全く返ってこない可能性もあるため、金融機関はこの優先順位を非常に重視します。

複数の担保権が競合する場合のルール

では、その大切な優先順位は何を基準に決まるのでしょうか。

答えは驚くほどシンプルです。
原則として、法務局へ「登記」をした日付が早い者勝ちで決まります。

たとえ契約日が早くても、登記をしたのが遅ければ、後から契約して先に登記を済ませた別の金融機関に優先順位で負けてしまうのです。

登記のタイミングで決まる順位

まさに、登記申請は「担保権のゴールテープを切るための号砲」のようなものです。

金融機関が「融資を実行しましょう」と決めたら、法務担当者は他の何をおいても登記の準備に走ります。
それくらい、登記のタイミングは命取りになりかねない、シビアな世界なんです。

実際の現場でよくあるトラブル事例

私が実際に経験したわけではありませんが、研修などでよく聞くトラブル事例があります。

A社は、B銀行から在庫を担保に融資を受け、契約を締結しました。
しかし、登記手続きが遅れている間に、別のC信用金庫からも同じ在庫を担保に融資を受け、C信金が先に登記を済ませてしまいました。
その後、残念ながらA社は経営難に。
B銀行は契約が先だったにもかかわらず、登記を先に済ませたC信金に優先順位で劣後し、融資金の回収が困難になってしまったのです。

笑い話のようですが、本当に起こりうること。
だからこそ、私たちは登記の重要性を口を酸っぱくして訴えているのです。

ケーススタディで学ぶABL契約

理屈だけではイメージしにくい部分を、具体的なケースで見ていきましょう。

倉庫在庫を担保にした中小企業の事例

あるアパレル企業D社は、季節商品の仕入れ資金に悩んでいました。
不動産担保はなかったものの、倉庫には常に豊富な在庫がありました。

メインバンクに相談したところ、この「在庫」を担保とするABLを提案され、無事に資金調達に成功。
これにより、絶好のタイミングで商品を仕入れることができ、売上を大きく伸ばすことができました。

登記漏れによるリスク顕在化のケース

一方で、こんな悲しいケースもあります。
機械部品を製造するE社は、懇意にしていた金融機関FとABL契約を結びました。

長年の付き合いから「契約書があれば大丈夫だろう」と考え、登記をしないままにしていました。
しかし、別の債権者がE社の機械を差し押さえる事態が発生。
F銀行は登記をしていなかったため、「この機械はうちの担保だ!」と主張できず、なすすべもなかったのです。

「つもり担保」に要注意! 実効性の落とし穴

このE社のようなケースを、私は「つもり担保」と呼んでいます。
契約しただけで、法的な対抗力を持たない、担保にした「つもり」になっているだけの状態です。

実効性のない担保は、いざという時、何の役にも立ちません。
契約と登記は、必ずセットで考えるようにしてください。

どんな対策が有効だったのか

E社がもし、契約後すぐに登記を済ませていれば、結果は全く違っていました。
たとえ他の債権者が差し押さえようとしても、「この機械は私たちが一番の権利者です」と堂々と主張し、大切な担保を守り抜くことができたはずです。

チェックリスト:ABL契約の安全対策

最後に、ABL契約を安全に進めるためのチェックリストをご用意しました。
契約前に、ぜひ確認してみてください。

担保資産の洗い出しと管理

  • [ ] 担保にできる資産(在庫、機械など)のリストはありますか?
  • [ ] 資産の価値を証明できる資料(在庫管理表など)は整備されていますか?
  • [ ] 融資後も、資産の状況を定期的に報告できる体制はありますか?

契約書で見落としがちな条項

  • [ ] 担保の対象となる資産の範囲は、明確に記載されていますか?
  • [ ] 禁止事項(担保を勝手に売却しない、など)の内容を理解していますか?
  • [ ] 報告義務(在庫リストの提出など)の頻度や方法は、現実的ですか?

担保権設定における確認ポイント

  • [ ] 金融機関は、契約後速やかに登記手続きを行ってくれますか?
  • [ ] 登記にかかる費用(登録免許税、司法書士報酬など)は確認しましたか?

登記後のフォロー体制の整備

  • [ ] 登記が完了したら、その証明書(登記事項概要証明書など)の写しをもらえますか?
  • [ ] 会社の住所や商号が変わった場合、登記内容の変更が必要なことを理解していますか?

まとめ

ここまで、ABL契約の「担保設定」と「優先順位」について、実務の視点からお話ししてきました。

最後に、大切なポイントをもう一度おさらいします。

  • ABLは、在庫や機械といった「動産」を担保にできる、中小企業の強い味方。
  • 担保設定は、「契約」と「登記」がセットで初めて完了する。
  • 優先順位は、原則として「登記をした日付の早い者勝ち」。

法律や契約と聞くと、身構えてしまうお気持ちは本当によく分かります。
ですが、正しい知識は、あなたの会社をリスクから守り、成長を後押しする最強の武器になります。

この記事が、あなたの契約に対する不安を少しでも取り除き、自信を持って次の一歩を踏み出すきっかけになれば、これほど嬉しいことはありません。

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