「また今月も、あの取引先からの入金が遅れている…」。
会社のキャッシュフローを眺めながら、ため息をついている経営者の方もいらっしゃるかもしれませんね。
売掛金の回収遅れは、じわじわと経営を圧迫する、とても厄介な問題です。
ですが、実は契約書の段階で、未来のリスクを大きく減らせる方法があることをご存知でしょうか。
それが、今回ご紹介する「債権保全条項」です。
この条項を契約書に一つ加えるだけで、万が一の時にあなたの会社を守る強力な「盾」となってくれます。
こんにちは。
元・金融機関で10年以上法務に携わってきた、ライターの三浦結衣です。
金融の現場で数多くの契約書を見てきた経験から、今回は法務経験の浅い経営者の方や個人事業主の方にもご理解いただけるよう、“現場目線”で分かりやすく解説していきますね。
この記事を読み終える頃には、「なんだ、もっと早く知っておけばよかった!」と思っていただけるはずです。
さあ、一緒に見ていきましょう。
売掛金回収の基本と課題
売掛金とは?——見落とされがちな法的リスク
そもそも「売掛金」とは、商品やサービスを提供した後に、その代金を受け取る権利のことを指します。
ビジネスの根幹をなす、大切な資産(債権)ですね。
しかし、この権利は永遠ではありません。
実は、法律で時効が定められているんです。
2020年4月に民法が改正され、売掛金の時効は原則として「権利を行使できることを知った時から5年間」となりました。
つまり、請求しないまま5年が経過すると、相手方が「時効なので払いません」と主張すれば、法的に回収が困難になってしまうのです。
「まさか5年も放置しないよ」と思われるかもしれませんが、日々の業務に追われていると、時間はあっという間に過ぎてしまうものですよ。
なぜ回収遅延が起きるのか?——よくある現場の声
「うちは昔からの付き合いだから、強く言いにくくて…」
「相手も資金繰りが大変そうだから、少し待ってあげようと思って」
「まさか、あの会社が支払えなくなるなんて夢にも思わなかった」
これらは、私が金融機関にいた頃、お客様からよく耳にした言葉です。
回収の遅れは、相手の経営状況の悪化だけでなく、こうした人間関係や「だろう」という思い込みから発生することが本当に多いのです。
信頼関係はもちろん大切です。
しかし、ビジネスはそれだけでは成り立ちません。
優しい気持ちが、かえって自社の首を絞める結果にならないよう、事前の備えが必要不可欠なんですね。
中小企業が直面しやすい3つの典型ケース
特に中小企業の経営でよく見られる、回収遅延の典型的なケースを3つご紹介します。
- 少額の未払いの常態化
数万円程度の少額な未払いが毎月のように発生し、請求する手間を考えて後回しにしているうちに、気づけば大きな金額になっているケースです。 - 主要取引先の突然の経営悪化
売上の大部分を依存している取引先が、突然倒産したり、支払いが滞ったりするケース。会社の存続に直結する深刻な事態です。 - 担当者変更による支払いサイクルの無視
相手方の経理担当者が変わり、引き継ぎがうまくいかなかった結果、支払日を守ってもらえなくなるケース。悪意がなくとも、こうしたトラブルは頻繁に起こります。
債権保全条項とは何か
契約書に盛り込む「債権保全」の意味と目的
こうした回収リスクから会社を守るためにあるのが「債権保全条項」です。
難しく聞こえるかもしれませんが、要は「万が一、相手が約束通りにお金を払ってくれなかったり、経営が危うくなったりした時に備えて、こちらの権利を守るためのルールをあらかじめ契約書で決めておきましょう」ということです。
目的は、大きく分けて2つあります。
- リスクの早期発見: 相手の信用状態が悪化したことをいち早く察知する。
- 迅速な債権回収: 問題が発生した際に、裁判などの面倒な手続きを経ずに、スムーズに債権を回収できるようにする。
まさに、転ばぬ先の杖ですね。
債権保全条項の主な種類と機能
債権保全条項には、目的別にいくつかの種類があります。
代表的なものを表にまとめてみました。
条項の種類 | 主な機能と役割 |
---|---|
期限の利益喪失条項 | 相手に支払遅延や倒産などの事由が生じた際、分割払いの権利をなくし、直ちに一括での支払いを請求できるようにする。 |
所有権留保条項 | 商品の代金が全額支払われるまで、商品の所有権を自社(売主)に残しておく。万が一の際は商品を引き揚げることが可能になる。 |
相殺予約条項 | 自社も相手に支払いがある場合(買掛金など)、いつでも自社の売掛金と相殺できることを約束させる。 |
契約解除条項 | 期限の利益喪失と同じような事由が発生した場合、取引基本契約そのものを解除し、将来の損失を防ぐ。 |
増担保条項 | 相手の信用状態が悪化した場合に、連帯保証人などの追加の担保を提供するよう請求できるようにする。 |
「取引停止条項」や「期限の利益喪失条項」などの実例紹介
では、実際に契約書にはどのように書けばいいのでしょうか。
ここでは、最も重要で基本的な「期限の利益喪失条項」の簡単な例をご紹介します。
第〇条(期限の利益の喪失)
買主(甲)について次の各号の一つにでも該当する事由が生じた場合、売主(乙)からの何らの通知催告がなくとも、甲は乙に対する一切の債務について当然に期限の利益を失い、直ちにその全額を乙に支払わなければならない。
(1) 支払いの停止または破産手続開始、民事再生手続開始、会社更生手続開始もしくは特別清算開始の申立てがあったとき。
(2) 本契約の条項の一つにでも違反したとき。
(3) 差し押さえ、仮差し押さえ、仮処分、その他強制執行の申立てを受けたとき。
これはあくまで一例ですが、このように「こういうことが起きたら、すぐに全額払ってくださいね」と明記しておくことが、いざという時の強力な武器になるのです。
債権保全条項を効果的に設計するコツ
条項設計の3原則:明確性・実効性・相手の納得感
ただ条項を盛り込むだけでなく、それがきちんと機能するように設計することが重要です。
私が現場で意識していた3つの原則をご紹介します。
- 明確性: 誰が読んでも同じ解釈ができるよう、曖昧な表現を避ける。「信用不安が生じた時」といった曖昧な言葉ではなく、「手形の不渡りを出した時」のように具体的に記述する。
- 実効性: 万が一の際に、実際に使える内容であること。例えば、高価な機械を販売するなら「所有権留保条項」は非常に有効ですが、形のないサービスを提供する場合はあまり意味がありません。
- 相手の納得感: あまりに一方的で厳しい内容だと、相手方が契約してくれない可能性があります。お互いが安心して取引を続けるための「お守り」として、丁寧に説明し、納得感を得ることが大切です。
実務で使える文例とチェックリスト
自社の契約書を見直す際に使える、簡単なチェックリストを用意しました。
ぜひ活用してみてください。
- □ 期限の利益喪失条項は入っているか?
最も基本的で重要な条項です。まずはこの有無を確認しましょう。 - □ どのような場合に期限の利益を失うかが具体的に書かれているか?
「支払いを1回でも遅延したとき」など、具体的なトリガーが明記されているか確認しましょう。 - □ 遅延損害金の定めはあるか?
支払いが遅れた場合のペナルティ(年率など)を決めておくことで、支払遅延の抑止力になります。 - □ 契約解除に関する条項は含まれているか?
問題が発生した際に、取引自体をストップできるかどうかも重要なポイントです。
トラブル回避のための“ひと言”の工夫
契約書に新しい条項を入れる際、どう説明すれば相手に受け入れてもらいやすいか、悩みますよね。
私の経験上、「これは、お互いが安心して末永くお取引を続けるためのお守りのようなものです」という伝え方が非常に効果的でした。
高圧的に「これを入れないと契約しません」と言うのではなく、「万が一の時にお互いが困らないように、一般的なルールとして定めさせてください」と柔らかく伝えるだけで、相手の心象は大きく変わります。
信頼関係を築くための、大切なコミュニケーションですね。
現場で起こる実際のトラブルと対処例
ケース1:取引先の支払い遅延が常態化していた
ある部品メーカーA社は、取引先B社の支払いが数日ずつ遅れるのが常態化していました。
少額だったため放置していましたが、ある時、B社の資金繰りが急激に悪化。
A社が慌てて契約書を確認すると、幸い「期限の利益喪失条項」が入っていました。
A社はすぐに弁護士に相談し、この条項を根拠に内容証明郵便を送付。
他の債権者に先駆けて残額の一括返済を求め、無事に全額を回収することができました。
ケース2:契約書に債権保全条項がなかった場合のリスク
Web制作会社のC社は、長年の付き合いがある顧客D社と、口約束に近い簡単な契約書しか交わしていませんでした。
D社の業績が悪化し、制作代金数十万円が未払いに。
契約書に何の定めもなかったため、C社は何度も電話やメールで催促するしかなく、時間と精神をすり減らしました。
結局、D社は倒産してしまい、C社はほとんど債権を回収できませんでした。
もし契約書に所有権留保や保証人の条項があれば、結果は違っていたかもしれません。
ケース3:条項があることで迅速に回収できた成功例
私が金融機関にいた頃、あるお客様の事例です。
その会社は、すべての取引先との基本契約書に「相手方の信用状態に重大な変化が生じた場合、追加の担保提供を求めることができる」という増担保条項を入れていました。
ある日、取引先が銀行からの融資を止められたという噂を耳にします。
そこで、この条項に基づき「連帯保証人を立ててほしい」と正式に要請。
相手はそれに応じられず、結果として、その後の倒産劇に巻き込まれることなく、取引を解消し損害を最小限に食い止めることができたのです。
情報戦を制するきっかけとして、条項が機能した見事な例でした。
士業・経営者が押さえるべき注意点
条項導入のタイミングと相手への説明方法
債権保全条項は、必ず契約を締結する前に盛り込む必要があります。
取引が始まってから「やっぱり追加でお願いします」というのは、極めて困難です。
新規取引の場合はもちろん、既存の取引先であっても、契約更新のタイミングなどを利用して見直しを提案しましょう。
その際は、「法務の専門家から、今後のリスク管理のために標準的な契約書に見直すようアドバイスを受けまして」といった形で、客観的な理由を添えるとスムーズに進みやすいですよ。
顧問弁護士との連携ポイント
契約書は、自社のビジネスモデルや取引の実態に合わせてカスタマイズすることが理想です。
- 自社のビジネスで最も起こりうるリスクは何か?
- 業界の慣習はどうなっているか?
- 相手との力関係はどうか?
こうした点を顧問弁護士と共有し、自社に最適な「オーダーメイドの契約書」を作成してもらうのがベストです。
雛形をそのまま使うのではなく、プロの目を通すことで、見えないリスクを洗い出すことができます。
ファクタリングとの併用を考える視点
債権保全はあくまで「守り」の策ですが、より積極的にキャッシュフローを改善したい場合は「ファクタリング」という選択肢もあります。
ファクタリングとは、売掛債権をファクタリング会社に売却して、早期に資金化するサービスです。
債権保全条項 | ファクタリング | |
---|---|---|
目的 | 未回収リスクに備える(守り) | 早期資金化、キャッシュフロー改善(攻め) |
コスト | 原則なし(弁護士費用等は除く) | 手数料がかかる |
資金化 | 問題発生時に回収 | 最短即日で可能 |
リスク | 回収できないリスクは自社に残る | 未回収リスクを移転できる(ノンリコースの場合) |
このように、目的や性質が全く異なります。
契約書で守りを固めつつ、必要な場面ではファクタリングで資金を確保する。
この両輪をうまく使い分けるのが、賢い経営者の資金繰り術と言えるでしょう。
まとめ
最後に、この記事の要点を振り返ってみましょう。
- 売掛金には時効があり、回収遅延は会社の経営を揺るがす大きなリスクになる。
- 契約書に「債権保全条項」を盛り込むことで、そのリスクを大幅に軽減できる。
- 「期限の利益喪失条項」は、万が一の際に一括請求を可能にする最も重要な条項である。
- 条項を設計する際は、「明確性・実効性・相手の納得感」の3つを意識することが大切。
- 契約書の見直しは、顧問弁護士などの専門家と連携して行うのが最も安全で確実。
契約書と聞くと、なんだか難しくて面倒に感じてしまうかもしれませんね。
ですが、契約書はあなたの会社と従業員の生活を守る、とても大切な「盾」です。
「難しそう」と感じるその一歩先へ、ぜひ足を踏み出してみてください。
まずは自社の契約書の雛形を、もう一度見直すところから始めてみませんか?
その小さな行動が、未来のあなたの会社を救うことになるかもしれません。