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売掛金回収を迅速化する債権保全条項の作り方

「また今月も、あの取引先からの入金が遅れている…」。
会社のキャッシュフローを眺めながら、ため息をついている経営者の方もいらっしゃるかもしれませんね。

売掛金の回収遅れは、じわじわと経営を圧迫する、とても厄介な問題です。
ですが、実は契約書の段階で、未来のリスクを大きく減らせる方法があることをご存知でしょうか。

それが、今回ご紹介する「債権保全条項」です。
この条項を契約書に一つ加えるだけで、万が一の時にあなたの会社を守る強力な「盾」となってくれます。

こんにちは。
元・金融機関で10年以上法務に携わってきた、ライターの三浦結衣です。
金融の現場で数多くの契約書を見てきた経験から、今回は法務経験の浅い経営者の方や個人事業主の方にもご理解いただけるよう、“現場目線”で分かりやすく解説していきますね。

この記事を読み終える頃には、「なんだ、もっと早く知っておけばよかった!」と思っていただけるはずです。
さあ、一緒に見ていきましょう。

売掛金回収の基本と課題

売掛金とは?——見落とされがちな法的リスク

そもそも「売掛金」とは、商品やサービスを提供した後に、その代金を受け取る権利のことを指します。
ビジネスの根幹をなす、大切な資産(債権)ですね。

しかし、この権利は永遠ではありません。
実は、法律で時効が定められているんです。

2020年4月に民法が改正され、売掛金の時効は原則として「権利を行使できることを知った時から5年間」となりました。
つまり、請求しないまま5年が経過すると、相手方が「時効なので払いません」と主張すれば、法的に回収が困難になってしまうのです。

「まさか5年も放置しないよ」と思われるかもしれませんが、日々の業務に追われていると、時間はあっという間に過ぎてしまうものですよ。

なぜ回収遅延が起きるのか?——よくある現場の声

「うちは昔からの付き合いだから、強く言いにくくて…」
「相手も資金繰りが大変そうだから、少し待ってあげようと思って」
「まさか、あの会社が支払えなくなるなんて夢にも思わなかった」

これらは、私が金融機関にいた頃、お客様からよく耳にした言葉です。
回収の遅れは、相手の経営状況の悪化だけでなく、こうした人間関係や「だろう」という思い込みから発生することが本当に多いのです。

信頼関係はもちろん大切です。
しかし、ビジネスはそれだけでは成り立ちません。
優しい気持ちが、かえって自社の首を絞める結果にならないよう、事前の備えが必要不可欠なんですね。

中小企業が直面しやすい3つの典型ケース

特に中小企業の経営でよく見られる、回収遅延の典型的なケースを3つご紹介します。

  1. 少額の未払いの常態化
    数万円程度の少額な未払いが毎月のように発生し、請求する手間を考えて後回しにしているうちに、気づけば大きな金額になっているケースです。
  2. 主要取引先の突然の経営悪化
    売上の大部分を依存している取引先が、突然倒産したり、支払いが滞ったりするケース。会社の存続に直結する深刻な事態です。
  3. 担当者変更による支払いサイクルの無視
    相手方の経理担当者が変わり、引き継ぎがうまくいかなかった結果、支払日を守ってもらえなくなるケース。悪意がなくとも、こうしたトラブルは頻繁に起こります。

債権保全条項とは何か

契約書に盛り込む「債権保全」の意味と目的

こうした回収リスクから会社を守るためにあるのが「債権保全条項」です。

難しく聞こえるかもしれませんが、要は「万が一、相手が約束通りにお金を払ってくれなかったり、経営が危うくなったりした時に備えて、こちらの権利を守るためのルールをあらかじめ契約書で決めておきましょう」ということです。

目的は、大きく分けて2つあります。

  • リスクの早期発見: 相手の信用状態が悪化したことをいち早く察知する。
  • 迅速な債権回収: 問題が発生した際に、裁判などの面倒な手続きを経ずに、スムーズに債権を回収できるようにする。

まさに、転ばぬ先の杖ですね。

債権保全条項の主な種類と機能

債権保全条項には、目的別にいくつかの種類があります。
代表的なものを表にまとめてみました。

条項の種類主な機能と役割
期限の利益喪失条項相手に支払遅延や倒産などの事由が生じた際、分割払いの権利をなくし、直ちに一括での支払いを請求できるようにする。
所有権留保条項商品の代金が全額支払われるまで、商品の所有権を自社(売主)に残しておく。万が一の際は商品を引き揚げることが可能になる。
相殺予約条項自社も相手に支払いがある場合(買掛金など)、いつでも自社の売掛金と相殺できることを約束させる。
契約解除条項期限の利益喪失と同じような事由が発生した場合、取引基本契約そのものを解除し、将来の損失を防ぐ。
増担保条項相手の信用状態が悪化した場合に、連帯保証人などの追加の担保を提供するよう請求できるようにする。

「取引停止条項」や「期限の利益喪失条項」などの実例紹介

では、実際に契約書にはどのように書けばいいのでしょうか。
ここでは、最も重要で基本的な「期限の利益喪失条項」の簡単な例をご紹介します。

第〇条(期限の利益の喪失)
買主(甲)について次の各号の一つにでも該当する事由が生じた場合、売主(乙)からの何らの通知催告がなくとも、甲は乙に対する一切の債務について当然に期限の利益を失い、直ちにその全額を乙に支払わなければならない。
(1) 支払いの停止または破産手続開始、民事再生手続開始、会社更生手続開始もしくは特別清算開始の申立てがあったとき。
(2) 本契約の条項の一つにでも違反したとき。
(3) 差し押さえ、仮差し押さえ、仮処分、その他強制執行の申立てを受けたとき。

これはあくまで一例ですが、このように「こういうことが起きたら、すぐに全額払ってくださいね」と明記しておくことが、いざという時の強力な武器になるのです。

債権保全条項を効果的に設計するコツ

条項設計の3原則:明確性・実効性・相手の納得感

ただ条項を盛り込むだけでなく、それがきちんと機能するように設計することが重要です。
私が現場で意識していた3つの原則をご紹介します。

  • 明確性: 誰が読んでも同じ解釈ができるよう、曖昧な表現を避ける。「信用不安が生じた時」といった曖昧な言葉ではなく、「手形の不渡りを出した時」のように具体的に記述する。
  • 実効性: 万が一の際に、実際に使える内容であること。例えば、高価な機械を販売するなら「所有権留保条項」は非常に有効ですが、形のないサービスを提供する場合はあまり意味がありません。
  • 相手の納得感: あまりに一方的で厳しい内容だと、相手方が契約してくれない可能性があります。お互いが安心して取引を続けるための「お守り」として、丁寧に説明し、納得感を得ることが大切です。

実務で使える文例とチェックリスト

自社の契約書を見直す際に使える、簡単なチェックリストを用意しました。
ぜひ活用してみてください。

  1. □ 期限の利益喪失条項は入っているか?
    最も基本的で重要な条項です。まずはこの有無を確認しましょう。
  2. □ どのような場合に期限の利益を失うかが具体的に書かれているか?
    「支払いを1回でも遅延したとき」など、具体的なトリガーが明記されているか確認しましょう。
  3. □ 遅延損害金の定めはあるか?
    支払いが遅れた場合のペナルティ(年率など)を決めておくことで、支払遅延の抑止力になります。
  4. □ 契約解除に関する条項は含まれているか?
    問題が発生した際に、取引自体をストップできるかどうかも重要なポイントです。

トラブル回避のための“ひと言”の工夫

契約書に新しい条項を入れる際、どう説明すれば相手に受け入れてもらいやすいか、悩みますよね。

私の経験上、「これは、お互いが安心して末永くお取引を続けるためのお守りのようなものです」という伝え方が非常に効果的でした。

高圧的に「これを入れないと契約しません」と言うのではなく、「万が一の時にお互いが困らないように、一般的なルールとして定めさせてください」と柔らかく伝えるだけで、相手の心象は大きく変わります。
信頼関係を築くための、大切なコミュニケーションですね。

現場で起こる実際のトラブルと対処例

ケース1:取引先の支払い遅延が常態化していた

ある部品メーカーA社は、取引先B社の支払いが数日ずつ遅れるのが常態化していました。
少額だったため放置していましたが、ある時、B社の資金繰りが急激に悪化。
A社が慌てて契約書を確認すると、幸い「期限の利益喪失条項」が入っていました。
A社はすぐに弁護士に相談し、この条項を根拠に内容証明郵便を送付。
他の債権者に先駆けて残額の一括返済を求め、無事に全額を回収することができました。

ケース2:契約書に債権保全条項がなかった場合のリスク

Web制作会社のC社は、長年の付き合いがある顧客D社と、口約束に近い簡単な契約書しか交わしていませんでした。
D社の業績が悪化し、制作代金数十万円が未払いに。
契約書に何の定めもなかったため、C社は何度も電話やメールで催促するしかなく、時間と精神をすり減らしました。
結局、D社は倒産してしまい、C社はほとんど債権を回収できませんでした。
もし契約書に所有権留保や保証人の条項があれば、結果は違っていたかもしれません。

ケース3:条項があることで迅速に回収できた成功例

私が金融機関にいた頃、あるお客様の事例です。
その会社は、すべての取引先との基本契約書に「相手方の信用状態に重大な変化が生じた場合、追加の担保提供を求めることができる」という増担保条項を入れていました。

ある日、取引先が銀行からの融資を止められたという噂を耳にします。
そこで、この条項に基づき「連帯保証人を立ててほしい」と正式に要請。
相手はそれに応じられず、結果として、その後の倒産劇に巻き込まれることなく、取引を解消し損害を最小限に食い止めることができたのです。
情報戦を制するきっかけとして、条項が機能した見事な例でした。

士業・経営者が押さえるべき注意点

条項導入のタイミングと相手への説明方法

債権保全条項は、必ず契約を締結する前に盛り込む必要があります。
取引が始まってから「やっぱり追加でお願いします」というのは、極めて困難です。

新規取引の場合はもちろん、既存の取引先であっても、契約更新のタイミングなどを利用して見直しを提案しましょう。
その際は、「法務の専門家から、今後のリスク管理のために標準的な契約書に見直すようアドバイスを受けまして」といった形で、客観的な理由を添えるとスムーズに進みやすいですよ。

顧問弁護士との連携ポイント

契約書は、自社のビジネスモデルや取引の実態に合わせてカスタマイズすることが理想です。

  • 自社のビジネスで最も起こりうるリスクは何か?
  • 業界の慣習はどうなっているか?
  • 相手との力関係はどうか?

こうした点を顧問弁護士と共有し、自社に最適な「オーダーメイドの契約書」を作成してもらうのがベストです。
雛形をそのまま使うのではなく、プロの目を通すことで、見えないリスクを洗い出すことができます。

ファクタリングとの併用を考える視点

債権保全はあくまで「守り」の策ですが、より積極的にキャッシュフローを改善したい場合は「ファクタリング」という選択肢もあります。

ファクタリングとは、売掛債権をファクタリング会社に売却して、早期に資金化するサービスです。

債権保全条項ファクタリング
目的未回収リスクに備える(守り)早期資金化、キャッシュフロー改善(攻め)
コスト原則なし(弁護士費用等は除く)手数料がかかる
資金化問題発生時に回収最短即日で可能
リスク回収できないリスクは自社に残る未回収リスクを移転できる(ノンリコースの場合)

このように、目的や性質が全く異なります。
契約書で守りを固めつつ、必要な場面ではファクタリングで資金を確保する。
この両輪をうまく使い分けるのが、賢い経営者の資金繰り術と言えるでしょう。

まとめ

最後に、この記事の要点を振り返ってみましょう。

  • 売掛金には時効があり、回収遅延は会社の経営を揺るがす大きなリスクになる。
  • 契約書に「債権保全条項」を盛り込むことで、そのリスクを大幅に軽減できる。
  • 「期限の利益喪失条項」は、万が一の際に一括請求を可能にする最も重要な条項である。
  • 条項を設計する際は、「明確性・実効性・相手の納得感」の3つを意識することが大切。
  • 契約書の見直しは、顧問弁護士などの専門家と連携して行うのが最も安全で確実。

契約書と聞くと、なんだか難しくて面倒に感じてしまうかもしれませんね。
ですが、契約書はあなたの会社と従業員の生活を守る、とても大切な「盾」です。

「難しそう」と感じるその一歩先へ、ぜひ足を踏み出してみてください。
まずは自社の契約書の雛形を、もう一度見直すところから始めてみませんか?
その小さな行動が、未来のあなたの会社を救うことになるかもしれません。

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電子債権「でんさい」活用のメリット・デメリット

「また手形の処理か…手間も印紙代もバカにならないな」
「取引先への支払いを、もっと効率よく、安全にできないだろうか?」
「資金繰りの選択肢として『でんさい』が良いと聞いたけど、本当のところはどうなんだろう?」

こんにちは。
金融機関で10年以上、法務や契約実務に携わってきました、法務ライターの三浦です。

私自身、金融の現場で数多くの契約書を扱い、中小企業の経営者様から資金調達に関するご相談を受ける中で、この「でんさい」という言葉を頻繁に耳にしてきました。

「でんさい」は、手形に代わる新しい決済手段として、業務の効率化やコスト削減に繋がる大きな可能性を秘めています。
しかしその一方で、導入には注意すべき点や、知っておくべきデメリットも存在します。

この記事では、法務と金融実務の両方を見てきた私の視点から、中小企業や個人事業主の皆様が「でんさい」を正しく理解し、自社にとって本当にメリットがあるのかを判断できるよう、専門用語を避け、やさしく丁寧に解説していきます。

この記事を読み終える頃には、「でんさい」に関する漠然とした不安が解消され、自信を持って次のステップを検討できるようになっているはずです。

「でんさい」の仕組みをやさしく解説

まずは「でんさいって、そもそも何?」という疑問から解決していきましょう。
仕組みがわかると、メリット・デメリットの理解もぐっと深まりますよ。

電子債権とは何か?紙の手形との違い

電子債権とは、その名の通り、事業間の取引で発生する売掛金などの金銭債権を電子データとして記録・管理するものです。
これまで主流だった「紙の手形」をイメージしていただくと、その違いがよくわかります。

【紙の手形と電子債権(でんさい)の比較】

項目紙の手形電子債権(でんさい)
媒体紙(物理的な券面)電子データ
発行・交付手書き、押印、郵送など手間がかかるパソコン・オンラインで完結
保管金庫などで厳重に保管が必要不要(紛失・盗難リスクなし)
コスト印紙税、郵送代、保管コストシステム利用料のみ(印紙税は不要)
分割不可可能(必要な金額だけ分割できる)

一番の大きな違いは、物理的な「紙」が存在しないことです。
これにより、手形の発行や郵送にかかる手間、印紙税などのコスト、そして何より紛失や盗難といったリスクから解放されるのです。

「でんさいネット」の基本構造と利用方法

「でんさい」を実際に管理・運営しているのが、全国銀行協会が設立した「株式会社全銀電子債権ネットワーク」、通称「でんさいネット」です。

少し難しい言葉ですが、「でんさい」の取引をすべて記録する登記所のような場所だと考えてください。
私たちは、普段利用している銀行などの金融機関を「窓口」として、この「でんさいネット」にアクセスし、債権の発生や譲渡といった手続きを行います。

利用者は金融機関を通じて、パソコン上で以下のような操作ができます。

  • 発生記録: 取引先に「でんさい」を支払う(手形の振出に相当)
  • 譲渡記録: 受け取った「でんさい」を、別の取引先への支払いに充てる(手形の裏書譲渡に相当)
  • 割引: 支払期日前に、金融機関で現金化する(手形割引に相当)
  • 照会: 現在保有している「でんさい」の内容を確認する

支払期日になると、手続きをしなくても自動的に自分の口座から支払先の口座へ送金されるため、振込忘れなどの心配もありません。

利用開始までの流れと導入のポイント

「でんさい」を始めるためのステップは、意外とシンプルです。

  1. 金融機関への申込: まずは、普段取引のある銀行などの金融機関に「でんさいを利用したい」と申し込みます。
  2. 審査・契約: 金融機関による所定の審査が行われ、通過すれば利用契約を締結します。
  3. 初期設定: IDやパスワードが発行されたら、パソコンで初期設定を行います。
  4. 利用開始: これで「でんさい」を利用する準備が整いました。

【導入のポイント】

導入で最も重要なのは、取引先も「でんさい」を利用しているかという点です。
「でんさい」は、支払う側と受け取る側の双方が「でんさいネット」の利用者でなければ取引ができません。
導入を検討する際は、事前に主要な取引先に利用意向を確認しておくことがスムーズに進めるコツです。

「でんさい」活用のメリット

では、具体的に「でんさい」を導入すると、どんないいことがあるのでしょうか。
現場でよく聞く4つの大きなメリットをご紹介します。

受取手形の電子化による業務効率化

手形の発行には、用紙への記入、代表印の押印、郵送といった一連の作業が伴います。
受け取る側も、金融機関へ持ち込んで取立依頼をする手間がありました。

「でんさい」なら、これらの事務作業がすべてパソコン上で完結します。
経理担当者の負担を大幅に減らし、コア業務に集中できる時間を生み出すことができるのです。

資金繰り改善につながる早期現金化

これが中小企業の経営者様にとって、最も大きな魅力かもしれません。

  • 期日前の現金化(割引): 受け取った「でんさい」は、支払期日を待たずに金融機関で割引し、早期に現金化することが可能です。
  • 必要な分だけ分割可能: 例えば100万円の「でんさい」を受け取った際に、急に30万円が必要になったとします。紙の手形では分割できませんが、「でんさい」なら30万円分だけを分割して現金化したり、別の取引先への支払いに充てたりすることができます。

このように、必要なタイミングで、必要な金額だけを柔軟に動かせるため、資金繰りの安定化に大きく貢献します。

債権管理の透明化・一元化

紙の手形は、どの取引先からいつ受け取り、どこに保管しているのか、管理が煩雑になりがちでした。

「でんさい」はすべての取引が電子データとして記録されるため、「いつ、誰から、いくらの債権を保有しているか」が一目瞭然です。
管理が楽になるだけでなく、二重譲渡といった不正のリスクを防ぐことにも繋がります。

印紙税の節約などコストメリット

見過ごせないのがコスト削減効果です。

  • 印紙税が不要: 高額な取引になるほど負担が大きくなる印紙税ですが、「でんさい」は電子データのため課税対象外です。
  • 郵送費・人件費の削減: 手形の郵送代や、発行・管理にかかる人件費も削減できます。

取引件数が多い企業ほど、このコストメリットは大きなものになるでしょう。

「でんさい」の注意点とデメリット

便利な「でんさい」ですが、もちろん良いことばかりではありません。
導入してから「こんなはずじゃなかった…」と後悔しないために、法務的な視点も交えながら注意点をしっかり押さえておきましょう。

対応していない取引先との取引リスク

これが最大のデメリットと言えるかもしれません。
前述の通り、「でんさい」は取引の相手方も利用者である必要があります

自社が「でんさい」を導入しても、主要な取引先が対応していなければ、結局は従来通りの手形や振込での取引を続けるしかありません。
そうなると、社内の経理処理が「でんさい」と「手形」の二重管理になり、かえって煩雑になってしまう可能性があります。

サービス手数料・運用コストの存在

印紙税は不要になりますが、代わりに金融機関所定の手数料が発生します。

  • 月額基本料: 金融機関によって異なりますが、月々の固定費がかかる場合があります。
  • 取引ごとの手数料: 債権の発生記録や譲渡記録など、取引一件ごとにも手数料が必要です。

取引件数が少ない場合、印紙税の削減メリットよりも手数料の負担が上回ってしまう可能性も考慮しなければなりません。

電子記録に対する心理的ハードル

特に長年、紙の手形で取引をしてきた経営者や経理担当者の方にとっては、「電子データだけで本当に大丈夫?」という心理的な不安を感じることもあるでしょう。

「実際の現場ではこんなことがよく起こります」という話をすると、パソコン操作に不慣れな方が担当の場合、IDやパスワードの管理、承認作業のフローなどを新たに覚えることに抵抗を感じ、導入が進まないケースもあります。
社内での十分な説明と研修が不可欠です。

操作ミス・記録内容のトラブル事例

「でんさい」は非常に安全な仕組みですが、人為的なミスがゼロになるわけではありません。

【注意すべきトラブル例】

  • 金額の入力ミス: 支払う金額の桁を間違えて記録してしまう。
  • 支払先の選択ミス: 似たような名前の別の取引先を選択して記録してしまう。
  • 承認プロセスの形骸化: 担当者が入力した内容を、承認者が十分に確認せず承認してしまう。

一度発生した記録を修正するには、相手方の同意を得るなど複雑な手続きが必要になる場合があります。
便利だからこそ、入力時・承認時のダブルチェックを徹底するなど、社内ルールを厳格に定めておくことがトラブルを未然に防ぐ防波堤となります。

実務でよくあるQ&A:でんさい導入の悩みを解決

ここでは、私が実際に相談を受けることの多い、実務的な疑問にお答えします。

Q1. 相手先がでんさいに対応していない場合はどうする?

A. その取引先とは、従来通りの決済方法(手形、振込など)を継続することになります。

そのため、全社的に「でんさい」へ完全移行するのではなく、対応してくれる取引先から段階的に切り替えていくのが現実的です。
「お取引先でんさい利用状況検索サービス」などを活用し、事前に相手の状況を確認すると良いでしょう。

Q2. 電子債権は譲渡できる?ファクタリングとの関係は?

A. はい、受け取った「でんさい」は譲渡できます

仕入先への支払いに充てる(裏書譲渡に相当)ことも、金融機関で現金化(割引)することも可能です。
また、「でんさい」をファクタリング会社に買い取ってもらう「でんさいファクタリング」というサービスもあります。

ただし、通常の売掛債権ファクタリングとは異なり、「でんさい」が不渡りになった場合(償還請求権)のリスクをどちらが負うかなど、契約内容が異なる点には注意が必要です。

Q3. 小規模事業者にとってメリットはある?

A. メリットは十分にあります

特に、以下のような事業者様にはおすすめです。

  • 手形での取引が多く、事務作業や印紙税の負担を減らしたい。
  • 遠方の取引先が多く、手形の郵送に時間とコストがかかっている。
  • 少額でもいいので、必要な時にすぐ資金化できる手段を確保したい。

取引件数が少なくても、資金繰りの柔軟性が増すという点は大きなメリットと言えるでしょう。

Q4. 紙の手形と併用しても大丈夫?

A. はい、併用することは可能です。

実際には、多くの企業が取引先に応じて手形と「でんさい」を使い分けています。
ただし、先ほども触れたように、経理上の管理が煩雑になる可能性があるため、社内の処理フローを明確に整理しておくことが重要です。

導入を検討する際のチェックポイント

最後に、「でんさい」導入を本格的に検討する際のチェックポイントを、法務の視点も踏まえてまとめました。

自社の業種・規模との適合性

✅ 手形での取引が月間何件あるか?
✅ 印紙税の負担額は年間でいくらか?
✅ 導入後の手数料と比較して、コスト削減効果は見込めるか?

社内体制や会計処理の準備状況

✅ 経理担当者はPC操作に慣れているか?
✅ 承認フローなど、新たな社内ルールを構築できるか?
✅ 現在使用している会計ソフトは「でんさい」に対応しているか?

取引先との調整や合意形成の進め方

✅ 主要な取引先は「でんさい」に対応しているか?
✅ 未対応の取引先に対して、導入をお願いできる関係性か?
✅ 切り替えのタイミングやスケジュールについて、事前に合意形成を図れるか?

トラブルを防ぐ契約上の留意点

✅ 金融機関との利用契約の内容を十分に理解しているか?
✅ 操作ミスを防ぐための社内規程(ダブルチェック体制など)は明確か?
✅ ファクタリングを利用する場合、償還請求権の有無など契約内容をしっかり確認しているか?

これらの点を一つひとつクリアにしていくことが、導入成功への近道です。

まとめ

今回は、電子債権「でんさい」について、その仕組みからメリット・デメリット、そして導入時の注意点までを詳しく解説しました。

  • 「でんさい」は手形に代わる電子的な決済手段で、業務効率化やコスト削減に繋がる。
  • 資金繰りの改善や管理の透明化など、特に中小企業にとって大きなメリットがある。
  • 一方で、取引先も利用者である必要があり、手数料も発生する点には注意が必要。
  • 導入成功のカギは、自社の状況と取引先との関係性を踏まえた慎重な準備にある。

「でんさい」は、正しく理解して活用すれば、間違いなくあなたの会社の経営を力強くサポートしてくれるツールです。
しかし、どんな便利な道具も、使い方を間違えればリスクになり得ます。

大切なのは、法律や仕組みを「難しいもの」と遠ざけるのではなく、まずは基本的な知識を身につけることです。
知識は、会社を不要なトラブルから守る最強の防波堤になります。

この記事が、あなたの会社にとって最適な資金調達・決済手段を選ぶための一助となれば、これほど嬉しいことはありません。
まずは自社の取引状況を見直すところから、始めてみてはいかがでしょうか。